『オートバイ倶楽部めろり~な』に、何が出来たのか?

平成七年、神戸大阪間を自衛隊の拡声器に怒鳴られながら2号線、43号線を単車でぶっちぎり続け、何往復もし続けた松田昌彦は、その過酷な救援活動の結果、ガンマを失う。そして平成は23年、台風12号は松田の愛する紀伊半島を襲う。京都大阪に降るはずだった雨を全て引き受けてくれた紀州、大和の大山塊。
うまい酒を飲ませてくれた天川村に何が出来るかを考えたササキスズロー氏の問いかけへの答えは、” 現地での人足 “。それしかなかった。『二輪倶楽部 めろり~な』、初の、誰かの為のツーリング

「偽善は承知だ。だが、俺の唇には歌がある。
忌野氏が歌った、あんたも私も偽善者、のフレーズが」

 

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